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東京都議会議員選挙・投票率43.50%。この数字をどう感じるか。 [時事・ニュース]

参考記事:
 東京新聞:投票率43・50% 2番目の低さ 非自民勢力受け皿なく:政治(TOKYO Web) http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2013062402000124.html

政治ネタは、本来うちのブログの趣旨からは外れるのですが。

今日は「ダブルクロスリプレイ・コスモス」の感想日記にしようと思っていましたが、心配していた通り、投票率があまりに低すぎるのでその警鐘を記事にしておきます。


昨日の東京都議会議員選挙ですが、50%を切るという嘆かわしい結果となりました。

これに危機感を覚える方は、投票に行かれた方だと思いますので特に言うことはありません。

モノ申したいのは、この数字を「へぇー」と流してしまう方々です。

東京都というのは、われら東京都民が住まう都市です。都議会議員とは、その行政を左右する大変重要で、意外かもしれませんがわれわれの生活や文化と密接に関係する職業の方々です。

明日の俺らのお給料から、待機児童が悲鳴を上げる育児行政、先日締め付けが厳しくなった、いざという時のセーフティーネットである生活保護、医療や福祉、ハローワーク、その他行政サービス、果ては我々の手にするお給料の裏付け、経済政策などなど、われら都民が東京都の行政を利用する場面は、見えているものもありますが、見えないところの方が非常に多いのです。東京都民が当たり前の生活を送るための、いわば、命綱なのです。

投票というシステムは、この仕組みの運用に、我々都民自身が責任を持つ、ということです。我々が我々自身のことに責任を持つという、実に当たり前の話です。

投票権を放棄するということは、これら我々の命綱を自分自身の手で放棄するということです。

軽機が悪いですとか、新銀行東京は馬鹿さ加減ですとか、東京オリンピックなんかやってるヒマあるのかですとか、色々と日々文句を言う場面はあると思います。

ですが命綱を自分で放棄しているのですから、それはもう何をされても、何が起こっても、それは自分の面倒を見ることを自分で放棄した結果なので、仕方がないのです。

わかりますか、誰が政治をやっても変わらないから仕方ないのではありません。自分で自分に責任を取ることを放棄したので仕方ないのです。

この意味合いを良くか考えておきましょう。


もうしばらくすると、東京都どころではない、国政選挙である参議院議員選挙が行われます。

是の投票を放棄することは、自分で自分の責任を取らないことばかりでなく、国民全員が住まう国に対する責任を人任せにすることです。

恐ろしいとは思いませんか?

誰とも知らない、何を考えてるのかもわからない人に、貴方の明日の命を預けることになるのですよ?

投票に行かないということは、組織票を持つ大きな派閥が自動的に実権を握るということです。


政治不信が投票率の低下を招くと言われています。投票率が低くて得をするのは、これら大派閥です。つまり投票率が低いのは、彼らにとって都合がいいことなわけですね。

ちょっと邪推してみましょう。

自分たちが選挙で受かるために、意図的に愚にもつかない政局闘争に明け暮れ、政治不信を招いて、ろくでもない政策を敷いていると、考えることは出来ませんか?

これはあくまで想像力を膨らませただけの話ですので、本当のところは全くの的外れなのでしょう。

ですが実際にそういう流れになってきていますよね。意図的かどうかはどうあれ、貴方たちが日ごろ不満をぶつけている人たちが得をするように、貴方たちは投票権を放棄しているのですよ?


自分で自分に責任を持つ、ちゃんとした大人なら。

投票に行きましょう。

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